横浜地方裁判所 平成7年(ワ)1624号 判決 1998年1月27日
原告
大島照子
原告
今市一雄
原告
和田房枝
原告
福永克子
原告
井草智子
原告
福菅節子
右六名訴訟代理人弁護士
岡田尚
同
杉本朗
同
小川直人
被告
医療法人直源会
右代表者理事長
久米睦夫
右訴訟代理人弁護士
吉ヶ江治道
同
小山達也
同
松下勝憲
右当事者間の頭書各事件について、当裁判所は、平成九年七月二九日終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。
主文
一 原告らが被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は、原告らに対し、別紙債権目録一の金員をそれぞれ支払え。
三 被告は、原告大島照子及び原告今市一雄に対し、平成六年一二月から毎月二五日限り、別紙債権目録二の金員をそれぞれ支払え。
四 被告は、原告和田房枝、原告福永克子、原告井草智子及び原告福菅節子に対し、平成七年一月から毎月二五日限り、別紙債権目録二の金員をそれぞれ支払え。
五 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
六 この判決は、金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。
七 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第一本件請求
原告らは、いずれも被告に雇用された労働者であるところ、被告は平成六年一〇月二一日に原告大島照子(原告大島という。)を、同年一一月八日に原告今市一雄(原告今市という。)を、同月三〇日に原告和田房枝(原告和田という。)を、同年一二月一日に原告福永克子(原告福永という。)及び原告井草智子(原告井草という。)を、同月五日に原告福菅節子(原告福菅という。)をそれぞれ解雇したとして原告らの労働者としての地位を否認していると主張して、被告に対し、原告らが被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、原告大島及び原告今市に対し、それぞれ平成六年一一月分の賃金のうちの未払分として別紙債権目録一の各金員を支払うこと及び同年一二月分以降の賃金として同年一二月から毎月二五日限り同目録二の各金員を支払うこと、原告和田、原告福永、原告井草及び原告福菅に対し、それぞれ同年一二月分の賃金のうちの未払分として同目録一の各金員を支払うこと及び平成七年一月分以降の賃金として同年一月から毎月二五日限り同目録二の各金員を支払うことを求め、原告らに対し、平成六年度年末一時金としてそれぞれ同目録三の各金員及びこれらに対する期限の翌日である平成七年七月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うこと、平成七年度夏季一時金としてそれぞれ同目録四の各金員及びこれらに対する期限の翌日である平成七年七月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うことを求めている。
第二事案の概要
一 当事者間に争いがない事実及び確実な書証により明らかに認められる事実
1 被告は、相模原南病院を開設、経営する医療法人であり、原告らは、いずれも期間の定めなく被告に雇用されて同病院に勤務していた者である。また、原告らは、いずれも神奈川県医療労働組合連合会(県医労連という。)傘下の相模原南病院労働組合(組合という。)の組合員である。
2(一) 原告大島は、平成二年一〇月八日、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結して相模原南病院に勤務し、平成六年九月三〇日まで、相談室でケースワーカーとして勤務していた。
(二) 原告今市は、平成五年七月一日、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結して相模原南病院に勤務し、平成六年一一月八日まで、相談室で事務職として勤務していた
(三) 原告和田は、昭和五七年六月三〇日、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結して相模原南病院に勤務し、平成六年一一月三〇日まで、歯科で事務職として勤務していた。
(四) 原告福永は、平成二年七月二三日、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結して相模原南病院に勤務し、平成六年一一月三〇日までは、事務部医事課で事務職として勤務していた。
(五) 原告井草は、平成四年四月一三日、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結して相模原南病院に勤務し、平成六年一一月三〇日までは、事務部医事課で事務職として勤務していた。
(六) 原告福菅は、平成二年五月二八日、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結して相模原南病院に勤務し、平成六年一一月三〇日までは、事務部医事課で事務職として勤務していた。
3 被告は、原告大島に対し平成六年一〇月二一日をもって、原告今市に対し同年一一月八日をもって、原告和田に対し同月三〇日をもって、原告福永及び原告井草に対し同年一二月一日をもって、原告福菅に対し同月五日をもって、それぞれ解雇する旨の意思表示をした。
4 被告の就業規則は、次のとおり規定している(<証拠略>)。
「(異動)
第一四条
病院は、業務の必要により職員に職種、職場または勤務地の変更を伴う異動を命ずることがあります。
職員は正当な理由なくして異動を拒むことはできません。
(解雇)
第二四条
次の一に当たると病院が認めたときは解雇します。
1 懲戒解雇処分に該当するとき。
2 精神または身体の故障で業務に耐えられないとき。
3 勤務成績または労働能力が低劣で業務に耐えられないとき。
4 天災地変、その他やむを得ない事由のため、事業の継続が不可能となったとき。
5 その他前各号に準ずる程度の理由があるとき。
(二項以下、省略)」
また、被告は、内規として賞与規定を制定しており、次のとおり規定されている(<証拠略>)。
「(全額人事考課査定及び時期)
第一条
賞与は業績に応じて職員に支給することがあります。
賞与を支給する場合は全額人事考課査定とし、支給時期と支給対象期間は次の通りとします。
支給時期 支給対象期間
七月 一月から六月
一二月 一月から一二月の一年間
(支給対象者)
第二条
賞与の支給対象者は、本採用後一年経過した者で、且つ、賞与支給日在籍者とします。」
5 原告らと被告との間の労働契約によると、賃金の計算期間は前月一六日から当月一五日までの分を一か月分として、これを当月二五日に支払うものとされている。
原告大島及び原告今市の平成六年一一月二五日支給分(計算期間は同年一〇月一六日から同年一一月一五日まで)の賃金の未払分は、それぞれ別紙債権目録一の金額であり、解雇直前の平均賃金額は、それぞれ同目録二の金額である。原告和田、原告福永、原告井草及び原告福菅の平成六年一二月二五日支給分(算定期間は同年一一月一六日から同年一二月一五日まで)の賃金の未払分は、それぞれ同目録一の金額であり、解雇直前の平均賃金額は、それぞれ同目録二の金額である。
6 なお、被告と組合とは、平成六年度年末及び平成七年度夏季の一時金の支給について、以下の協定を締結している。
(一) 被告と組合とは、平成七年七月八日、同年度夏季一時金の支給について、次のとおり協定(七年度協定という。)を締結した(<証拠略>)。
(1) 支給額
基本給の一か月分とする。ただし、全額人事考課査定とする。
(2) 支給対象期間
平成七年一月から六月の六か月とする。
(3) 支給対象者
本採用後一年経過した者で、かつ、賞与支給日在籍者とする。ただし、本採用後一年未満の者については、月割計算で支給するものとする。
(4) 支給日
平成七年七月一〇日とする。
(二) 被告と県医労連及び組合は、平成七年七月一四日、神奈川県地方労働委員会(地労委という。)公益委員榎本勝則(榎本委員という。)を立会人として、平成六年度年末一時金の支給について、次のとおり協定(六年度協定という。)を締結した(<証拠略>)。
(1) 支給額は、基本給の二か月分とする。ただし、全額人事考課査定とする。
(2) 支給対象期間は、平成六年一月から一二月の一年間とする。
(3) 支給対象者は、本採用後一年を経過した者で、かつ、平成六年一二月一〇日現在の在職者とする。ただし、本採用後一年未満の者については、月割計算で支給するものとする。
(4) 支給日は、平成七年七月二一日とする。
二 争点及び争点に関する当事者の主張
1 争点一
原告らには、解雇されるべき事由があるか、否か。
(一) 被告の主張
原告らの解雇事由は次のとおりである。
(1) 原告大島の解雇事由
被告は、平成六年八月三一日、原告大島に対し、翌九月一日付けでケースワーカーからナースヘルパー(看護助手ともナースアシスタントとも呼ばれることがある。)への配転を命じたが、同原告がこれを拒否し、同年一〇月四日、地労委のあっせんにより、被告と医労連及び組合との協定で右配転命令を撤回した。
右協定においては、配転命令撤回後も従来のケースワーカーの実務には就かないとの合意があったにもかかわらず、原告大島は、同月五日からこの合意に反してケースワーカーの実務に就いた。そして、原告大島は、患者、その家族及び担当医に事前の説明もなく、その了解を得ることなく患者の転院先を決めて通知したり、担当医の承諾を得ることなく患者の家族に対し、病状について説明したりしていた。
原告大島の右の行為は、解雇事由を定めた就業規則二四条一項三号、五号の規定に該当する。
(2) 原告今市の解雇事由
被告事務局長石川直正(石川又は石川事務局長という。)は、平成六年八月二五日ころ、経営改革をする必要に迫られ、患者数の激減という傾向に対処するため、患者確保の方策を模索しようと、渉外係(患者の確保業務)の就労経験があり、年長でもある原告今市に相談室の業務の報告をさせるのが望ましいと考え、同人に対し、週一回渉外日報を取りそろえて、意見を付した業務日報を提出するよう指示した。
しかし、原告今市は、これを怠り、石川の業務の補助にあたっていた本荘邦彦(本荘という。)から再度督促をしたにもかかわらず、これを無視して右の日報等を提出しなかった。
原告今市の右の行為は、解雇事由を定めた就業規則二四条一項三号の規定に該当する。
(3) 原告和田の解雇事由
原告和田は、被告の許可を得ないで、平成六年一一月二六日、被告の電話番号及びファクシミリ番号を組合活動の連絡先としてビラに表示して配布し、被告の電話及びファクシミリを組合のために使用し、又はその危険性を招来せしめる行為をした。
原告和田の右の行為は、解雇事由を定めた就業規則二四条一項三号、五号の規定に該当する。
(4) 原告福永、原告井草及び原告福菅の解雇事由
ア<1> 被告は、厚生省の医療行政方針の変更に伴い、定額制と呼ばれる制度(患者一名一日当たりの診療報酬点数を六六四点に抑え、これ以上の投薬、注射、検査、看護をしても報酬を請求しえないものとし、特に看護については付添看護も含まれるとされる制度)を、平成八年三月三一日までに完全実施することとなっていた。これにより、現行制度では患者八名当たり看護婦及びナースヘルパー一名以上をつけていれば基準が満たされていたのに対して、定額制が導入された場合は、患者六名当たり看護婦及びナースヘルパー一名以上をつけなければならないこととされており、この基準を満たさなければ老人病院としての経営が成立しないこととなっていた。被告には、約三八〇名の患者がいたところ、看護婦及びナースヘルパー一五、六名の増員が必要となっていた。
しかし、右の増員の全てを新規に求人募集することで充足させることは、人件費の増大を招き、経営を圧迫させることにもなり、経営的見地からは、一部を内部の配転で対応せざるを得ないこととなっていた。そこで、被告は、総勢約二〇〇名の従業員のうちの八〇名の従業員について配転・異動を計画し、特に看護婦等の資格を保有していない無資格従業員について、現在配属されている職場の当該従業員の必要性やナースヘルパーへの適性等を斟酌し、慎重に検討し、選別した。
そして、早期かつ円滑な定額制への移行を図るため、毎月一日の朝礼において、定額制の趣旨を説明し、これに対する心構えを説き、従業員の意識改革を求め、さらに配転を伴う大幅な人事異動を行う旨説明していた。また、実際に平成六年四月ころから病棟間の人員の適正配置を図るための人事異動を実施していた。
<2> なお、被告においては、それぞれの職種を提示し、求人募集をしているが、医師、看護婦、薬剤師、X線技師、理学療法士等の有資格者は別として、無資格者については、採用時に、その職種間の異動がありうる旨説明し、その了解のもとに採用辞令を発している。
<3> ところで、ナースヘルパーの職務は、相模原南病院のようないわゆる老人病院においては老人患者の生活全般について看護婦の指示のもとに介護するものであり、従前は家政婦紹介所等から派遣される家政婦が仕事の大半を担っており、家政婦、ボランティアの婦人及び老人患者が在宅の場合の家族(主として主婦)が行う介護と同様のものであって、資格はもちろん特殊な知識や経験を要するものではなく、普通の人が有する社会常識、経験で足りるものである。強いていえば、実生活経験年数がものをいう職種である。
<4> 一方、原告福永、原告井草及び原告福菅が従事していた職務は、一般事務であり、義務教育修了者であれば十分で特段の資格を要せず、知識・経験は普通の人が有する生活経験・知識で十分であって、特段の特性が要求されていない職種であった。したがって、原告福永、原告井草及び原告福菅の従前の職務とナースヘルパーの職務とは、近似性、親和性を有しており、その異動は合理性のあるものである。
<5> 原告福永に関しては、同人の勤務している医事課には五名が配属されていたところ、同人が年齢的にも、また主婦としての生活体験が豊富であって、もっともナースヘルパーに適切な人材であると判断された。
原告井草に関しては、常日頃から母親を助け、家事、家政を担っていたという事情が存し、同人の勤務している医事課では原告福永に次いで適性があったところ、医事課以外の事務部門で配転対象者が見当たらなかったため、ナースヘルパーへの配転が決定された。
原告福菅に関しては、同人の勤務している薬局での無資格事務職従業員が三名在籍していたところ、うち一名はパートタイマーで勤務時間に制約があり、またもう一名は独身で生活体験的にみて不適切であり、原告福菅は年齢的にも、また主婦としての生活体験が豊富であって、ナースヘルパーに適切であった。
イ 右の経緯から、被告は、平成六年一一月三〇日、右三名に対し、ナースヘルパーへの配転を命じたのである。しかし、原告福永及び原告井草は右配転命令を全く一顧だにせず、拒否した。原告福菅は、右配転命令を一時持ち帰って検討したものの、同年一二月五日、結局拒否した。
(5) 右原告ら三名の右行為は、解雇事由を定めた就業規則二四条一項三号又は五号の規定に該当する。
(二) 原告らの主張
(1) 原告大島について
被告の主張する事実は否認する。
ア 被告は、平成六年一〇月四日の地労委でのあっせん手続において、原告大島に対する平成六年九月一日付け配転命令を撤回する協定が締結されたのであって、その際、ケースワーカー業務の実務に就かないという合意は成立していない。被告から、原告大島が現実には業務に従事しないことを条件にしてほしいと申し入れがあったことは認めるが、県医労連は、右申し入れを一蹴している。したがって、原告大島がケースワーカーの職務に就くのも当然のことである。
また、原告大島が、ナースヘルパーへの配転を命じられてから、ケースワーカー業務に復帰するまでの一か月以上の期間中、原告大島は、ケースワーカー業務から排除されていたのであって、その間に入院患者の変動があり、また入院を継続していた患者についても容体や家族環境等に変化があったところ、こうした変化から原告大島は全く遮断されており、しかも、相談室からは什器備品からケースワーカー業務に必要なケース記録等の資料・書類まで、すべて持ち出されていた。したがって、単に配転命令を撤回したからといって、その翌日からすぐに原告大島がケースワーカー業務を行うということはできず、空き室になった相談室をもとに戻すとともに、一か月間のブランクをフォローして、どの患者にどのように対応するか、といったことを調整することが必要である。それゆえ、右の協定は、原告大島がケースワーカー業務に現実に復帰することを前提に、原告大島がどのような個々具体的な業務を担当していくかを労使双方で話し合うという趣旨なのである。
しかも、原告大島は地労委での協定成立以後、ケースワーカー業務を行っていない。
イ 組合から被告に対して、平成六年一〇月一一日及び一二日に団体交渉の申し入れを行い、同月一七日に団体交渉が行われることが決まったが、被告は、組合の催告にもかかわらず開催時刻の回答をしなかったため、同日には団体交渉が行われなかったところ、翌一八日になって被告から、原告大島が約束に反してケースワーカー業務に従事していることを理由に団体交渉に応じないとの通知書が送られてきたのである。
以上のように、被告は団体交渉の申し入れの時点でも協定違反の事実を指摘していないのである。
(2) 原告今市について
石川が原告今市に対し、平成六年八月下旬頃、渉外日報及び業務日報を提出するよう求めたこと及び原告今市が被告の渉外係の経験のあることは認めるが、その余は否認する。そもそも渉外日報は、個々の担当者がそれぞれ直接提出するもので、原告今市が提出する性質のものではない。また、原告今市は、一番年長であるわけではなく、相談室の中では上から三番目である。
原告今市が渉外日報及び業務日報を提出しなかったことは認めるが、被告の従業員からその督促を受けたことはなかった。
(3) 原告和田について
被告の主張は争う。
原告和田らが、相模原南病院の「歯科和田」を連絡先として記載したビラを配布したことは認めるが、組合の配布したビラには、組合の連絡先が確定するまでは、病院内の歯科・和田まで連絡してほしい旨が、小さく書かれているにすぎない。
(4) 原告福永、原告井草及び原告福菅について
ア 厚生省の医療政策の転換は認める。
しかし、定額制の導入は必ずしも義務づけられているものではなく、従来の出来高制か定額制のいずれかを自由選択できるようになっていたものであり、それぞれの医療機関が選択することができた。被告が定額制を選択したのは、診療報酬点数が入院患者一人当たり一・五倍となるからであって、営利目的に基づくものであるから、相当の投資が必要となるのも当然である。
また、定額制を導入したとしても、従前被告は出来高制の一〇数段階ある看護基準のなかから八対一の看護基準を選択していたところ、定額制は六対一、五対一、四対一、三対一の四段階の看護基準しか設けられていないため、被告が看護基準を変更せざるを得なくなったというだけのことであって、定額制の導入のみによって看護基準が変わるわけではない。
被告が定額制実施の期限であると主張する平成八年三月三一日というのは、付添看護の廃止期限であって、付添看護制度をどのようにするかという問題と定額制の導入とは別個の問題であるから、平成八年三月三一日の期限は定額制の導入とは直接関係がない。
平成六年七月の朝礼で当時の岡事務局長が、また同年八月の朝礼で石川事務局長が、定額制の導入の話をしたことは認めるが、極めて一般的な話に終始したのみであって、具体的な配転を伴う人事異動を検討しているという話は全く出ていない。
イ 以下<1>ないし<3>で述べるように、被告は、求人広告に「医療事務、ケースワーカー、薬局助手、看護助手、調理員」等の具体的職種を明示し、原告福永、原告井草及び原告福菅は、いずれもその広告を見て各自の職種を希望し、原告福永及び原告井草は医療事務職員として、また原告福菅は薬局助手として、それぞれ被告に採用されたものである。
<1> 原告福永は、経理事務職の経験があり、また従前から医療事務の勉強をしていたところ、平成二年七月ころの新聞の折り込み広告で、被告が経理事務、医療事務等の職種について従業員を募集していることを知り、応募した。採用面接当日は、調査票に、希望職種として第一希望として経理事務、第二希望として医療事務と記載した。面接において、経理事務員は現在人が足りている、第二希望の医事課業務の外来受付や入院費の請求事務の仕事をしてほしいと言われた。しかし、事務系以外の仕事に就く可能性があるという話は被告側から一切出なかった。原告福永からも、事務系以外の職種を希望したことはない。
以上から、原告福永が医事課業務に職種を限定するとの条件で被告と雇用契約を締結したことは明らかである。
<2> 原告井草は、平成二年四月早稲田速記秘書専門学校医療秘書科に入学し、二年間医療事務を学び、平成四年三月、同校を卒業した。そして、専門学校で学んだ知識を生かせる職場で働きたいという意志を持ち、医療事務職員を募集している病院を探していたところ、平成四年三月下旬、求人広告で、被告が医療事務職員を募集していることを知り、履歴書に医療事務希望と明記して被告に送付して応募した。平成四年四月上旬に採用面接が行われ、面接に先立って配布されたアンケート用紙にも、希望職種として医療事務と記載した。面接では、家族構成や親の職業を聞かれたことを除いては、医療事務の仕事の内容の説明と残業について話されたのみであり、他の職種の説明や、異動の可能性について説明はなかった。原告井草が他の職種への異動の可能性を了解したこともない。
以上から、原告井草が医事課業務に職種を限定するとの条件で被告と雇用契約を締結したことは明らかである。
<3> 原告福菅は、平成二年五月中旬、求人広告で、被告が薬局助手を募集していることを知り、これに応募した。採用面接では、勤務時間、給料等労働条件の話はあったが、具体的な仕事の内容について、説明はされなかった。そこで、原告福菅が、薬局助手の仕事の内容について説明を求めたところ、「日常業務は、主に外来患者さん用の薬袋に名前を書き、調剤された薬を薬局窓口で患者さんに手渡すことと、病棟から請求される注射薬と外用薬の払出と薬品全般の在庫管理、問屋への発注、受取り等々薬剤師の助手と、薬局事務全般があなたにしてほしい仕事です。その他細かいことは薬剤師の指示に従って下さい。」との返事であった。他に被告側から他の職種の説明は一切なかったし、他の職種への異動の可能性についても説明はなかった。原告福菅が他の職種への異動の可能性を了解したこともない。
以上から、原告福菅が薬局助手に職種を限定するとの条件で被告と雇用契約を締結したことは明らかである。
ウ 被告が平成六年一一月三〇日に原告福永、原告井草及び原告福菅に対してナースヘルパーへの配転を命じたことは認める。しかし、医療事務、薬局助手、ナースヘルパー等は、それぞれ専門的な知識が要求され、経験も必要な職種であるから、これらが無資格職であるからという理由で異動させるというのは、現代的病院において果たしている重要な役割分担を無視するものである。
エ 原告福永、原告井草及び原告福菅は、内示もなくきちんとした説明もないまま突然全く職種の異なるナースヘルパーへの翌日からの配転を命じられたため、配転についてきちんとした説明を求めたにすぎないのであって、被告は、これを配転拒否と曲解しているにすぎない。
2 争点二
原告らに対する解雇は、解雇権の濫用として、無効となるか、否か。
(一) 原告らの主張
被告は、解雇事由が存在せず、あるいは対象事実が存在したとしても解雇するに足りる事由と評価することはできないのに、原告らを解雇したものであるから、右解雇は解雇権を濫用するものとして無効である。
(二) 被告の主張
原告らの右主張は争う。
3 争点三
原告らに対する解雇は、原告らの組合活動を嫌悪してなされた不当労働行為に該当するものとして、無効になるか、否か。
(一) 原告らの主張
(1) 原告らに対する右解雇は、以下に述べるように、原告らが呼びかけ人となって労働組合を結成し、その中心的役割を担ってきたことを嫌悪していたことに基づく解雇であって、不当労働行為に該当し、無効である。
ア 原告大島は、平成六年九月一日付けでケースワーカーからナースヘルパーへの配転を命ぜられたが、これを承服しかねることから、県医労連に個人加盟して右配転命令を争うこととした。これに並行して、相模原南病院内において、同原告を支援するための労働組合作りが進行した。同月二一日には、「相模原南病院労働組合結成準備会」の名称で、組合加入を呼びかける「相模原南病院労働組合ニュースNo1」が発行され、従業員に配布された。右ニュースには、労働組合結成呼びかけ人として、原告大島、原告今市、原告和田、原告井草、原告福永及び原告福菅らの氏名が記載されていた。
同月二四日には、結成大会が開催され、組合(相模原南病院労働組合)が結成された。組合は、同月二六日、組合結成を知らせる目的で「相模原南病院労働組合ニュースNo2」を従業員に配布するとともに、結成通知及び要求書を被告に提出した。このいずれにも組合役員の氏名が記載されていた。
県医労連は、原告大島の配転問題につき、地労委にあっせん申立てをした。右あっせん手続において、前記のとおり協定が成立して、被告は、原告大島の配転を撤回した。
しかるに、被告は、同年一〇月二〇日に、原告大島が右配転命令を拒否していることとケースワーカー業務に就いたことを理由に、同原告を解雇したのである。しかし、被告が原告大島に対する配転命令を撤回している以上、配転命令拒否ということはあり得ないし、配転命令が撤回された以上、元のケースワーカー業務に就くことは当然であるから、右の解雇事由は、全く理由がない。このように全く理由にならない理由で被告が原告大島を解雇したのは、同原告が、県医労連に個人加盟して配転命令を争ったこと、組合の結成呼びかけ人になったこと、組合の監査として組合活動を積極的に行ったことが理由であるとしか考えられない。
イ 組合は、地労委でのあっせん協定に基づき、同年一〇月二〇日、被告の原告大島に対する解雇について団体交渉を申し入れたが、被告は、これに応じなかっただけでなく、同年一一月八日付けで組合の執行委員長を務める原告今市を解雇してきた。その理由は、同原告が、同年八月二五日に石川から、週一回の業務日報、渉外日報の提出をするように指示を受けたにもかかわらず、同年一一月五日現在何の報告もないというものである。しかし、そもそも渉外日報は、個々の担当者がそれぞれ直接提出するもので、原告今市が提出する性質のものではない。また、原告今市が解雇されるまで、石川をはじめ病院側の誰からも、業務日報、渉外日報の提出を催促されたこともない。このように、被告の原告今市に対する解雇は、全く理由のないものであるが、それにもかかわらず、被告が同原告を解雇したのは、同原告が組合の結成呼びかけ人となったことと、組合の執行委員長として組合活動を積極的に行ったことが理由であるとしか考えられない。
ウ 組合は、同年一一月一一日及び一八日に、開催を渋る被告との間で団体交渉を開催するという前進を果たしたが、被告は、その二回目の団体交渉の後である同月三〇日付けで、組合の副執行委員長である原告和田を解雇した。その理由は、組合発行のビラの最下段に小さな文字で、労働組合を支援する会が結成されたことを知らせるとともに、同会の連絡先を「確定迄は病院内・歯科・和田まで」と記載したことが、病院に無届け、無許可で病院以外の業務に従事し、かつ、病院の電話、ファクシミリ等の施設を利用する行為に当たるというものである。
しかし、ビラの最下段に小さく「確定迄は病院内・歯科・和田まで」と連絡先を記載する行為が、病院以外の業務に従事し、病院の電話、ファクシミリを利用する行為に当たるということはできない。被告の同原告に対する解雇に理由がないことは明らかである。それにもかかわらず、被告が同原告を解雇したのは、同原告が組合の結成呼びかけ人となったこと、組合の副執行委員長として組合活動を積極的に行ったことが理由であるとしか考えられない。
エ 被告は、更に、同年一二月一日付けで、原告福永、原告福菅及び原告井草に対して、ナースヘルパーへの配転を命じた。同日付けで異動となった従業員は、右三名の原告の他にも、約八〇名いたが、それらはいずれも病棟間異動であり、職種を異にする異動ではなかった。異職種配転がなされたのは、組合の組合員である右三名の原告らのみであった。
突然の配転命令に対し、原告福永、原告福菅及び原告井草は、被告に対して配転の理由について説明を求めたが、被告は、何一つ説明しないばかりか、説明を求める右原告らに対して、右原告らが配転を拒否しているとして、一方的に解雇したのである。右原告らは、配転についての説明を求めただけなのであるから、解雇される理由は何もない。それにもかかわらず、被告が右原告らを解雇したのは、右三名が組合の結成呼びかけ人となったこと、原告福永及び原告福菅は組合の執行委員として、原告井草は組合員としてそれぞれ組合活動を積極的に行ったことが理由であるとしか考えられない。
オ 以上の事実からして、被告の原告らに対する解雇は、原告らの所属する組合を嫌悪し、その上部団体である県医労連を嫌悪し、原告らの組合活動を嫌悪したが故になされたものというべきである。
(二) 被告の主張
原告らの右主張は争う。
4 争点四
原告らには平成六年度年末一時金及び平成七年度夏季一時金の請求権があるか、否か。
(一) 原告らの主張
被告の原告らに対する解雇はいずれも無効であるから、原告らは、六年度協定及び七年度協定の定める支給基準日に在職していたことになる。そして、原告らは、いずれも組合の組合員であるところ、被告と組合とが締結した右各協定にいう「賞与支給日在籍者」及び「平成六年一二月一〇日現在の在職者」とは、その基準日に法律上雇用関係にあった者という意味であり、原告らも当然右協定の適用を受ける。
被告は、裁量考課を行って一時金の額を減額することができると主張するが、右主張は争う。すなわち、被告及び被告の関連会社の従業員で相模原南病院で就労している者については、開院以来の慣行として、夏季一か月分、年末二か月分を基準とする一時金が支給されてきており、勤怠(欠勤、遅刻、早退)以外に減額査定されることはなかったのであって、裁量考課を行って減額することは許されない。
よって、原告らは、被告に対し、平成六年度年末一時金として別紙債権目録三の各金員及び平成七年度夏季一時金として同目録四の各金員並びに右各金員に対する各支給日の翌日である、三の金員については平成七年七月二二日から、四の金員については同月一一日から各支払済みまでそれぞれ商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を請求する権利を有する。
(二) 被告の主張
(1) 被告と組合が締結した六年度協定及び七年度協定が、原告らを支給対象者としていたことは否認する。
すなわち、そもそも一時金請求権は、全体として報奨金の性格を帯びており、使用者の裁量により定まるので、支給対象者、支給額及び支給時期に関する使用者と労働者ないし労働組合との間の具体的合意又は使用者による決定行為があって初めて具体的な請求権が発生するものであって、当該合意(協定)の中で原告らに対しても一時金を支給する旨の合意がなされていなければ、原告らに一時金請求権は発生しないと解すべきである。
そして、本件においては、先に解雇があり、しかも原告らがこれを争っている状況下において成立した協定であるから、被解雇者である原告らの取扱いについて協定締結当時の当事者の意思を合理的に解釈しなければならない。
ところで、被告としては、本件で問題となっている一時金支払債務について、自己の裁量及び意思表示によって負担するものであるとの認識のもとに、協定の締結に臨んでおり、被告は、原告らの申し出によって離職票を交付し、原告らの履歴書も廃棄している状況にあり、平成七年七月八日の交渉に際して被告の事務局長代理である中山康之(中山という。)が被解雇者には一時金を支給しない旨の発言をしていること等から、被告の右の意思を合理的に解釈すると、被告は、現実に在籍・就労しておらず、しかも係争中の原告らにあえて新たに支払債務を負担するような内容の行為をすることは絶対にないはずである。よって、原告らに対して平成六年度年末のものも平成七年度夏季のものもいずれも一時金を支給する旨の意思を有していなかったといえる。
また、原告ら側においても、原告らを除く組合員には一時金が支給された後も原告らに一時金が支払われていないことを認容しており、また、その後の組合と被告との団体交渉においても特に交渉事項とはされていないから、一時金請求権が存しないとの認識を有していた。
それゆえ、右協定における在籍者とは、法的に雇用関係が存するか否かではなく、右協定成立時に現実に就労していたか否かの意味であったのである。
(2) また、仮に原告らに一時金請求権が存したとしても、一時金の支給額の決定については、使用者に裁量権がある。
すなわち、被告は、人事考課に際して、被告に対する貢献度を中心とした詳細なチェック項目を設けており、そこで決定された考課係数が賞与の額を大きく左右し、固定ないし定額部分がなく、すべて被告において査定した基準によって具体的な賞与の額が決定される。
しかるところ、原告らは現実に就労していないので、人事考課係数をゼロとすることも許されるのであって、本件では一時金の額も決定されていないというべきである。
(3) したがって、原告らは、被告に対して一時金の具体的請求権を有しない。
第三争点に対する判断
一 まず、前記第二の一の事実に証拠を併せると、原告らの雇用関係の経緯は次のとおりであると認められる。
1(一) 原告大島は、平成二年一〇月ころ、被告がケースワーカーの職種で求人をしていることを知り、応募した。原告大島は、応募の際に提出する履歴書には、希望の職種としてケースワーカーと記載した。石川と当時の事務局長岡による採用面接が行われたが、石川から先ず、ケースワーカー希望である旨の確認を取られ、その上で、ケースワーカーの業務内容が入院相談や生活保護者に関する事務処理であること及び勤務場所が医療相談室になる旨の説明がなされたにとどまった。採用通知は、本荘から電話で、ケースワーカーとして採用する旨伝えられた。原告大島は、同月八日、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結し、同日から相模原南病院で就労を開始した。なお、原告大島の採用の辞令の記載は事務職となっていたが、本荘からは、ケースワーカーは事務職の扱いであるため原告大島の辞令の記載が事務職となる旨告げられ、原告大島はそれを了解した。そして、ケースワーカーとして勤務していた。(<証拠略>、原告大島照子本人)
(二) 原告今市は、平成五年七月一日、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結し、同月一六日から相模原南病院医事課で勤務を始めた。平成六年九月一日、医療相談室に転属となった。(<証拠略>)
(三) 原告和田は、昭和五七年六月三〇日、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結し、相模原南病院の歯科で事務職として勤務していた。
(四) 原告福永は、平成二年七月二三日、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結し、相模原南病院で勤務を始めた。原告福永は、採用の際、前職が経理事務であったことから、被告から記入するよう指示された調査票の希望職種欄に、第一希望を経理事務、第二希望を医療事務と記載した。採用面接では、当時の事務局次長岡と本荘の二人から、経理事務は人員が満たされているため、医事課で外来受付や入院費の請求事務の仕事をしてほしいと伝えられ、その他の仕事については一切話に出なかった。そして、原告福永は、平成六年一一月三〇日までは、事務部医事課で経理事務職として勤務していた。(<証拠略>)
(五) 原告井草は、平成二年四月から平成四年三月まで早稲田速記秘書専門学校の医療秘書科に在校し、医療事務を学んでいたが、卒業を前にして医療事務職員を募集している病院を探していたところ、平成四年三月下旬、被告が医療事務職員を募集していることを知り、履歴書に希望職種を医療事務と記載して、応募した。同年四月上旬、被告によって採用面接が行われ、面接では、当時の事務局長岡及び事務局次長村田から、家族構成、職業について質問があり、医療事務の仕事の内容及び月のはじめには残業が少しあることについての説明がされたが、医療事務以外の職種の説明は一切なかった。面接後採用が内定し、同月一三日、原告井草は、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結し、相模原南病院に勤務を始めた。数日は事務の研修を受けたが、その後平成六年一一月三〇日までは、事務部医事課で勤務していた。(<証拠略>)
(六) 原告福菅は、平成二年五月中旬、求人情報紙で、被告が薬局助手を募集していることを知り、これに応募した。その数日後、被告の当時の事務局次長岡の採用面接を受けたが、仕事の内容について岡から説明がされなかったため、原告福菅から、薬局の仕事の内容と薬局助手の仕事について説明を求めた。岡は、原告福菅に対し、薬局助手の日常業務は主に外来患者用の薬袋に名前を書き調剤された薬を薬局窓口で患者に手渡すことと、病棟から請求される注射薬と外用薬の払出と薬品全般の在庫管理、問屋への発注、受取り等々薬剤師の助手と薬局事務全般であると説明した。そして、岡は、明日にでも来てほしい旨述べて採用の意向を示し、原告福菅も、薬局を見学した上、就職を決意した。そして、原告福菅は、同月二八日、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結し、相模原南病院に勤務を始め、平成六年一一月三〇日までは薬局助手として勤務していた。(<証拠略>)
2 被告は、平成六年八月三一日、本荘を通じ、ケースワーカーの職務に就いていた原告大島に対し、翌九月一日からのナースヘルパーへの配転を命じた。原告大島は、事前に何の打診もなかったことや、ケースワーカーが直接医療業務に携わらない職種であるのに対し、ナースヘルパーは医療現場に直接携わる職種であって両者は職種が違うと考え、本荘に対し、配転の理由を尋ねたが、本荘は「業務命令だから仕方がないでしょう。」と述べるのみで配転の理由を説明しなかったため、原告大島は「考えさせてほしい。」と述べて、消極的な態度を示した。原告大島及び原告今市は、同日、被告の理事長(相模原南病院院長)久米睦夫(久米理事長という。)に対して話し合いをしたいとの申し入れをしたが、久米理事長は、原告大島の辞令について知らないと述べるのみであった。本荘は、石川の命を受けて原告大島に異動に応じるよう説得したが、原告大島は、ケースワーカーの職務を続けた。そこで、被告は、平成六年九月初旬ころ、相談室の電話を取り外したり、原告大島の机及び相談室業務に必要な関係書類を相談室から新館の会議室に移し、更にその一週間ないし一〇日後、それを婦長室に移して、原告大島が相談室においてケースワーカー業務ができないようにした。(<証拠略>、原告大島照子)
3 また、原告大島は、右の配転問題をきっかけとして、原告今市、原告和田、原告福永、原告井草、原告福菅、訴外米元清(米元という。)とともに、平成六年九月二日、県医労連に個人加入した。県医労連は、同月六日、被告に対し、原告らが県医労連に加入し、労働組合結成の準備を始めたことを通告した。また、県医労連から、同月一二日付けで、被告に対し、原告大島の配転に関して団体交渉の申し入れがされ、県医労連は、同月一四日、地労委に対し、あっせんの申立てをした。更に、原告らは、同月二〇日ころ、「安心して働ける相模原南病院に明るく話し合える職場をつくるために一緒に労働組合をつくりましょう」と記載したパンフレットを従業員に郵送したり、同月二一日昼休み時間内に相模原南病院職員食堂前で「相模原南病院労働組合ニュース」を配布したり、また郵送するなどして、相模原南病院及びその関連会社の従業員(相模原南病院で働くすべての従業員を対象とするもの)によって構成される「相模原南病院労働組合」の結成を呼びかけた。そして、同月二四日に右労働組合の結成大会が開かれ、原告今市は執行委員長に、原告和田及び訴外高梨恭子(高梨という。)がいずれも副執行委員長に、訴外清野勝治が書記長に、原告福菅、訴外佐藤誠子(佐藤という。)、原告福永及び米元がいずれも執行委員に、原告大島が会計監査にそれぞれ就任した。また、組合は、県医労連に加盟することも決定した。(<証拠略>、原告大島照子本人)
被告は、組合の結成大会の開催が予定されていた当日である同月二四日に、職員休憩室で臨時の朝礼を開いた。この席上、石川は、原告今市、原告和田、高梨らを名指しして、「民間病院で組合を作ったら病院は伸びてない。こういうことをやる職員はいい職員ではないんだ。」と発言した。また、同日は給与支給日であったが、いつもは事務員が会議室で渡していたのに、この日は、役員室で石川が一人一人の従業員に手渡しするという方法で支給された。石川は、原告今市に給与を渡す際、「なあ、今市さんよ。無茶苦茶するなよ。もっと大人の感覚でやってくれ。」と述べた。(<証拠略>)
そして、同月二六日、組合及び県医労連から被告に対し、「労働組合結成と要求の追加について」と題する書面により、組合が結成されたこと及びその役員の氏名の通告がされるとともに、労働条件の改善等の要求と団体交渉の申し入れがなされた。この中で、原告大島を直ちにケースワーカーの職に戻すこと、相談室業務を看護婦長の管理のもとでなく、従来どおりの業務体系に戻すこと、今後配置換えに当たっては、本人の同意と組合との事前の協議を行うこと等をはじめとする「基本的権利を求める要求」や、「労働組合の運営に関する要求」「職場環境と労働条件改善の要求」「患者さんたちのための改善要求」と標題を掲げた詳細な要求が追加された。(<証拠略>)
4 右の県医労連の団体交渉の申し入れにより、県医労連と被告は、平成六年一〇月四日、地労委において原告大島の配転の問題について交渉した。原告ら側からは、原告和田、高梨、原告福菅、原告福永、佐藤及び県医労連書記長竹山誠が出席し、被告からは、久米理事長が出席したほか、石川の代理として本荘が出席した。この席上、本荘からは、ナースヘルパーは充足しているということが述べられた。そして、県医労連と被告との交渉の結果、地労委あっせん員齋藤俊夫(齋藤あっせん員という。)を立会人として、次の四項目を内容とする協定が締結された。なお、その際被告からは、原告大島が現実にはケースヘルパ(ママ)ーの職務に従事しないとの条項を入れるよう申し入れがされたが、原告らの同意が得られず、また齋藤あっせん員も右のような条項を入れることについて消極的であったため、右の条項は入れられなかった。そして、右合意の際に重ねて地労委の榎本委員からは、労使双方が誠実な交渉をするよう勧告がされた。(<証拠・人証略>、原告大島照子)
(一) 被告は、同日付けで、相談室業務を従来の体制に戻すこととする。
なお、「従来の体制に戻す」とは、相談関係書類、電話、各セクション・外部団体との連絡を含むすべての業務を婦長室から相談室へ戻すことである。
(二) 原告大島の配転に関する問題については、被告が原告大島を、同日付けで看護課勤務から相談室付けとした上で、今後労使双方で話し合って解決することとする。
(三) 次回の交渉は、平成六年一〇月二一日までに行うこととする。
(四) 県医労連と被告は、労使間の問題について誠実に交渉を行い、良好な労使関係の構築に努めていくものとする。
原告大島は、翌五日から、相談室で職務を始めた。もっとも、それまでに相談室は空き室になっており、従前相談室で使用していた備品、書類等はすべて会議室や婦長室に移されていたため、原告大島は、ほぼ一日をかけて、大きな備品を従前どおりにしたり、書庫の整理や患者のケース記録の整理をする作業をした。その後、約一か月間の空白を埋める作業や、病棟に移された書類の確認、患者のケース記録の確認などの作業をした。また、同日、原告大島が相談室に在室しているときに、主任の井上から原告大島に対して、それ以前に原告大島がケースワーカーとして接していた患者青柳ハナヨ(青柳という。)に付き添いを付けたいため、家族に連絡を取ってほしいと指示された。原告大島は、青柳の家庭の事情を従前から知っており、付添看護を付けるかどうか独断では判断できず、医師や家族との十分な相談が必要であると考えていたので、井上に「篠原ドクターが七日には出勤してくる予定なので篠原ドクターと相談してから家族に伝えてもらったらどうでしょうか。」と答え、井上もそれに同調した。(<証拠略>、原告大島照子)
右に述べた県医労連と被告との協定に基づき、原告らは、被告との団体交渉を求め、平成六年一〇月一一日及び一二日に、被告に対して団体交渉の申し入れを行った。その結果、同月一七日に団体交渉が行われることが決定されたが、時刻までは決定されていなかったため、被告は、団体交渉に応じなかった。被告は、同日午前中、県医労連に対し、原告大島がケースワーカー業務に就かないとの合意に違反していることを指摘し、「協定に対する重大な違反」があることを理由に話し合いには応じられない旨の内容証明郵便を発し、右文書は翌一八日に到達した。(<証拠・人証略>)
これに対し、県医労連及び組合は、被告の主張する、原告大島がケースワーカー業務に就かないとの合意は存在せず、被告の主張自体不当なものであると考えたが、同原告の具体的職務について協議をするためにも、右の協定に謳われた労使間の誠実な交渉をまず優先させることが先決と考え、同月二〇日に「地労委協定に基づく団体交渉を二一日までに開催を求める再申入れ書」と題する書面を出して、団体交渉の再開を申し入れた(<証拠・人証略>)。
これに対し、被告は、同月二一日、原告大島に対し、同原告が同月二〇日付けの書面により、同年九月一日の配転命令を拒否したことは服務命令違反に当たり、また職制上身分を保留されているにもかかわらず相談業務に従事し、患者家族から苦情が寄せられ、病院の信頼を失墜させたとして、同原告を解雇する旨通知した(<証拠略>)。
5 一方、平成六年一〇月初旬ころから、本荘及び事務部医事課主任の岩瀬茂らによって、相模原南病院職員組合(職員組合という。)の結成が呼びかけられ、同月二二日に結成された。そして、本荘が委員長に就任した。(<証拠略>)
6 被告は、原告今市に対し、平成六年一一月七日付け内容証明郵便により、同原告が同年八月二五日に石川から直接週一回の業務日報、渉外日報の提出をするよう指示を受けているにもかかわらず、同年一一月五日まで何の報告もなかったこと、渉外日報は相模原南病院創立以来継続されている重要な情報交換手段であってこれが途絶えたことによる業務上の支障は大きいこと、経営の方針である業務上の指揮命令を故意に無視していることは服務規律違反であることを理由に、同原告を同年一一月八日付けで解雇することを通知した。右内容証明郵便は、同月九日以降に原告今市に到達した。(<証拠略>)
7 組合は、平成六年一一月一一日及び同月一八日に被告と団体交渉をした。一一日の団体交渉では、組合側の出席者の数や交渉の時間で紛糾したため、実質的な交渉は行われなかったが、一八日の団体交渉では、組合の結成通知時の要求項目について、被告側の回答が石川から示された。もっとも、右回答は、職員組合に対して回答済みであるとの回答にとどまるものも少なからず存在した。(<証拠略>)
8 原告らは、平成六年一一月二六日、小田急電鉄相模大野駅付近において、同日発行のビラを配布した。右ビラには、「相模原南病院オーナー石川直正氏は法律違反の解雇をやめ交渉に応じよ! 患者さんが安心できる・職員が誇りのもてる病院運営の為、まじめな改善を求める職員の声を聞け」と題する本文縦書きのものであり、その最下部の右側には、横書きで小さく「(事務所(連絡先)確定迄は病院内、歯科・和田まで)ぜひ加入を」と記載されている。(<証拠略>)
被告は、原告和田に対し、平成六年一一月二九日付け書面により、同原告が同月二六日に小田急電鉄相模大野駅付近において、また同月二七日に相模原南病院周辺において不特定多数の人々に配布されたビラにおいて、「相模原南病院の良い医療をめざす労組を支援する会」の「事務所・連絡先」として、「病院内、歯科、(ママ)和田」と記載していることについて、被告に無届け、無許可で「病院以外の業務に従事」し、かつ「病院の電話、FAX等施設を使用する行為」であり、また、ビラの記事内容において被告及び石川個人に対して「労働基準法違反、ウソつき」呼ばわりするなど、事実に反する内容を公然と宣伝流布する行為があり、これは、病院の許可を受けずに病院以外の業務に従事するとともに、故意に真相をゆがめ、事実をねつ造して宣伝流布し、病院及び病院経営者の信用と名誉を著しく傷つける行為を行ったものであるとして、就業規則七三条一、二、八項に該当することを理由に、同月三〇日付けで懲戒解雇する旨通知した。(<証拠略>)
9 被告は、平成六年一一月三〇日の朝礼において、同年一二月一日付けの人事異動(約八〇名)の発表をした。被告は、この中で、原告福永、原告福菅及び原告井草を、それぞれナースヘルパーとして配転する旨の発表をし、その旨の辞令を交付した。なお、右三名の他には、異職種間の異動となる従業員はいなかった。これに対し、原告福永、原告井草及び原告福菅は被告に対し、配転の理由の説明を求め、ナースヘルパーの業務の内容を問い合わせたが、被告側からは、配転の理由等について明確な説明がなされなかった。そのため、原告福永及び原告井草は、同年一二月一日までに、被告に対し、配転を受け入れられないとの意向を伝え、原告福菅は、「考えさせてほしい。」等と述べて配転の諾否の返答を保留したものの、同月五日に、被告に対し「この配転命令は受け入れられない。」「自分自身は適任ではないから、新しい職場には行くつもりはない。」と述べて、配転を受け入れることはできないと返答した。(<証拠略>)
一方、被告は、原告福永、原告井草及び原告福菅から配転に対する消極的な意向が伝えられたことから、最終的な意思を確認する前に、理事三役会を開いて協議し、配転を拒否した場合には解雇するとの意向を固めていた。そこで被告は、平成六年一二月一日、原告福永及び原告井草に対し、両名が配転を受け入れられない意志であることを確認した上、それぞれに対する同日付け書面により、被告の経営を改善する上で必要不可欠な措置であるにもかかわらず、原告福永及び原告井草は正当な理由なくこれを拒否しているとして、就業規則七三条一、五項に該当することを理由に、同日付けで懲戒解雇することをそれぞれ通知した。また被告は、原告福菅に対し、平成六年一二月五日付け書面により、同原告が配転命令を拒否した点について、被告の経営を改善する上で必要不可欠な措置であるにもかかわらず、同原告は正当な理由なくこれを拒否しているとして、就業規則七三条一、五項に該当することを理由に、同日付けで懲戒解雇する旨通知した。(<証拠略>)
二 争点一について
1 原告大島の解雇事由の存否
(一) 被告は、県医労連との間で平成六年一〇月四日に締結された前記一の4の協定において原告大島がケースワーカーの職務に就かないとの内容が含まれていたと主張する。そこで、(証拠・人証略)及び原告大島の本人尋問の結果に基づいて、(証拠略)の協定書の内容について検討する。
(1) 第一項の「被告は、同日付けで、相談室業務を従来の体制に戻すこととする。なお、『従来の体制に戻す』とは、相談関係書類、電話、各セクション・外部団体との連絡を含むすべての業務を婦長室から相談室へ戻すことである。」とは、原告大島が配転命令を受け、これを拒否してから、被告によって相談室業務が停止され、備品、書類等も婦長室に移管されており、直ちに相談室業務を再開できる状態ではなかったため、原告大島を再び相談室の業務に復帰させるための準備として、婦長室に移管されていた業務を従前どおり相談室の業務とし、そのために必要な備品、書類等を婦長室から相談室に戻すという趣旨であると解することができる。
(2) 第二項の「原告大島の配転に関する問題については、被告が原告大島を、同日付けで看護課勤務から相談室付けとした上で、今後労使双方で話し合って解決することとする。」とは、原告大島が看護課への配転となっていたところ、これを相談室における業務に戻した上で、原告大島が一か月のブランク期間を埋め、かつ業務が停止していた相談室が業務を再開していくための、受け持ちの患者の動向や生活保護の患者の預り金の処理などに関して引継を行う等、具体的な業務内容については双方で話し合った上で決めていくという、業務に完全に復帰するための条件整備の趣旨であると解することができる。
(3) 第三項の「次回の交渉は平成六年一〇月二一日までに行うこととする。」とは、相談室業務及び原告大島の具体的職務について、労使間での交渉を引き続き行い、この期日を早期に設ける趣旨であると解することができる。
(4) 第四項の「県医労連と被告は、労使間の問題について誠実に交渉を行い、良好な労使関係の構築に努めていくものとする。」とは、協定までの労使関係について、従前まで円滑に交渉が進められたわけではなく、そのために原告大島の配転についての交渉が遅れたことを反省し、以後は誠実な交渉によって解決していく趣旨であると解することができる。
(二) 被告は、右協定締結に際し、協定書には記載されていないが、原告大島がケースワーカーの職務には就かないとの合意があったと主張し、本荘も、地労委の審問期日において、右の合意があったものの、齋藤あっせん員からは文章にしにくいから協定書には記載しないと述べられた旨供述している。また、組合から被告に対して送付された平成六年一〇月二〇日付け申入書(<証拠略>)には、「業務が保留されていることは理解していました」と記載されており、右組合側も、その意味内容についてはさておき「業務の保留」について認識していたことが窺える。更に、原告ら作成の平成六年一〇月一一日付け「相模原南病院労組ニュース」第四号(<証拠略>)には、相談室業務を看護婦長の管理のもとでなく、従来どおりの業務体系に戻すという要求については実現ができたと報告されていながら、原告大島を直ちにケースワーカーの職務に戻すことについては依然として要求項目として掲げられたままになっており、組合の認識によっても、平成六年一〇月一一日当時原告大島がケースワーカーの職務に完全に戻されたわけではないと認識していたことが推認できるのであって、ケースワーカーの職務に完全に復帰できると認識していた旨の原告大島の本人尋問における供述は信用することはできない。(<証拠略>)
(三) 以上を総合して右協定の趣旨を検討するに、右協定は、原告大島の処遇については、相談室での業務に戻すことについて労使間で合意した上で、従前原告大島が行っていた相談室でのケースワーカーの職務を一か月ぶりに再開させることに関し、受け持ちの患者の動向、生活保護の患者の預り金の処理等業務の引き継ぎ手順等、ケースワーカーの職務を再開するに当たっての具体的業務について、労使間で誠実に協議を重ねていくことを暫定的に合意する趣旨であったと認められる。
被告は、平成六年一〇月一七日付けの通知書を出すまで、原告大島がケースワーカー業務に従事していくことについて、同原告や組合、県医労連との間でケースワーカー業務に就かないとの合意が存在していたと主張するが、右主張を裏付ける事実は認められない。また、組合が作成した書面からも、原告大島がケースワーカーの職務に完全に復帰できていないことや「業務の保留」自体を認識していたことは窺えるが(<証拠略>)、原告大島がこれから相談室で具体的な業務についてどのようにするかという業務の詳細についての「保留」であったと解することもできるから、右書面をもってしても、「業務の保留」がケースワーカーとしての職務を全くしてはならないという趣旨であるとは認められない。
ところで、被告は、原告大島はケースワーカーの職務を行ったと主張し、(証拠略)(「大島照子の配転問題に関するあっせん事案の経緯」と題する書面)を提出する。しかし、右書証から認められる原告大島が行ったという職務は、入院患者一川幸代の病状についてその家族に説明をしたこと及び入院患者青柳の病状について、高梨がその家族と連絡を取るようにしたのに対して消極的な意見を述べたというものであって、そのうち、一川幸代の病状をその家族に説明したとの事実については右書証によっても必ずしも明らかとはいえないし、しかも、右各行為ともに相談室の業務を再開するまでの過渡的な行為として明らかに不適切ともいえず、被告の業務が阻害されたとも認められない。むしろ、右に述べたように、平成六年一〇月四日の段階で、原告大島の処遇については、いったん相談室への配属に戻した上で具体的な業務について協議を進めていくことが合意されており、あっせん員からも重ねて誠実な交渉の場につくよう勧告されていたと認められるところ、県医労連や組合からの申し入れにもかかわらず、被告はその後交渉の席につく姿勢を明確に見せていないのであるから、原告大島が協定に反しない限りの最低限必要な範囲で業務を行うことについてはやむを得ない面もあると考えられるのであって、これを被告がとやかく問題にするのは妥当ではない。
そうであるとすると、原告大島に就業規則二四条一項三号、五号の規定に該当する事由があるとの被告の主張は理由がない。
2 原告今市の解雇事由の存否
石川が平成六年八月下旬(<証拠略>によると八月二五日であると認められる。)ころ、原告今市に対し、渉外日報及び業務日報を提出するよう指示したこと及び同原告がこれらを提出しなかったことは当事者間に争いがない。
しかし、原告今市は、提出の指示を受けた当時は医事課に所属していたのであり、相談室の業務を応援するという体制下にあったにすぎず、渉外担当者として相談室をとりまとめる立場にあったわけではなく、渉外日報は、相談室の中で営業活動をしている渉外担当者二名が、個々にその日の行動を記録した上で直接石川に提出していたものであって、原告今市がとりまとめて記入することが要求されていたものではなかった(<証拠略>)。被告は、原告今市が相談室の中で最も年齢が上であったことを右指示の理由として主張するが、(証拠略)によると、原告今市は、年齢的には上から三番目であって、最年長ではなかったことが認められる。
ところで、被告は、渉外日報を原告今市がとりまとめて提出する必要性や同原告が業務日報を作成・提出する必要性を明らかにしないし、渉外日報及び業務日報が提出されないことによる業務阻害の有無及び内容を明らかにしない(本荘も、地労委の審問期日において、提出しなかったことによる損害が生じていたか否かは分からない旨供述している。)。加えて、被告から原告今市に対し、業務日報及び渉外日報の提出方の督促もないまま同年一一月八日の解雇通知に至っている(なお、本荘は、地労委の審問期日において、平成六年九月初旬及び同月中旬の二度にわたり、原告今市に対して渉外日報及び業務日報を提出するよう督促した旨供述する(<証拠略>)が、右供述はそれ自体具体性に欠けるから、これを採用することはできない。)ことからしても、渉外日報及び業務日報の提出を原告今市に指示する必要性、合理性についての疑問を払拭することができない。
したがって、原告今市が業務日報及び渉外日報を提出しなかったことをもって就業規則二四条一項三号に該当する事由があるということはできない。
3 原告和田について
(一) (証拠略)によると、原告らが平成六年一一月二六日に小田急電鉄相模大野駅付近で不特定多数の者に対して配布した前記一の8に認定のビラ(本件ビラという。)の最下段に、横書きで小さく「(事務所(連絡先)確定迄は病院内、歯科・和田まで)ぜひ加入を」と記載したこと、右ビラの左端には長方形の枠内に県医労連の名称・所在地・電話番号等とともに、「相模原南病院労働組合(住所・TELは病院と同じです)」と記載されていること、また、同枠内の下段には、「問い合わせ、激励は上記南病院労組にお願いします。」と記載されていることが認められる。被告は、被告の電話番号及びファクシミリ番号を組合活動の連絡先として本件ビラに表示したと主張するが、右のとおり、右各記載部分には被告(相模原南病院)の電話番号及びファクシミリ番号が記載されているわけではない。しかし、(証拠略)によると、本件ビラの上部左寄りの枠内には、「抗議要請をおねがいします」との記載の下に、相模原南病院の所在地、電話番号、ファクシミリ番号が明示され、被告の久米理事長及び石川事務局長の氏名が記載されているほか、抗議ないし要請の文例も記載されていることが認められる。したがって、本件ビラを全体としてみれば、組合に連絡を取り、あるいは連絡先として表示されている原告和田に連絡を取るために、電話又はファクシミリを利用するとすれば、その番号は、いずれも右に明示されている相模原南病院の電話番号、ファクシミリ番号であるということは、容易に理解できるところである。そうすると、原告和田としては、組合ないし同原告の連絡先として、相模原南病院の電話番号及びファクシミリ番号を特定して表示したわけではないけれども、結果的には、これらを特定して表示したのと同視できないではない。
(二) しかしながら、労働組合が組合員に対してのみならず、その支援者や一般人に対してビラ等を配布する等の方法により、宣伝活動を行い又は支援を訴えることはもとより正当な組合活動であり、使用者に対する抗議や要請行動を呼びかけることも、それが組合活動に藉口して使用者に害を加える目的から出たものではない限りは、正当な組合活動といって妨げない。そして、使用者に対する抗議や要請行動の呼びかけが正当な組合活動と認められる限りは、使用者の電話番号やファクシミリ番号を開示してこれをすることも許されるというべきである。
これを本件についてみるに、本件ビラの右各記載が被告に対する加害目的からなされたことを認めるに足りる証拠はなく、原告らが抗議や要請行動の相手先として、相模原南病院の電話番号及びファクシミリ番号を本件ビラに表示したことを不当ということはできない。そうである以上、本件ビラの「(事務所(連絡先)確定迄は病院内、歯科・和田まで)ぜひ加入を」及び「相模原南病院労働組合(住所、TELは病院と同じです)」との記載から、組合ないし原告和田の連絡先が相模原南病院と同じ電話番号及びファクシミリ番号であることが明らかになったとしても、我が国における労働組合の大部分がいわゆる企業内組合であること、相模原南病院の電話番号やファクシミリ番号は調べれば分かるものであること、右記載から明らかなように右連絡先は確定までの暫定的なものであること、本件ビラによる加入呼びかけの対象とされた人たちにとって右電話番号やファクシミリ番号は既知の事実と考えられることをも併せると、原告らが本件ビラに右各記載をしたことが、正当性を逸脱した組合活動であるとまではいうことができない。
(三) 更に、(証拠略)によると、本件ビラが配布された後に、外部から相模原南病院の電話に同病院を非難する内容の電話が一回あったことが認められるが、右各号証によっても、それが外部から組合ないし原告和田に対して連絡を取るための電話であったのか、それとも、相模原南病院に対する抗議又は要請であったのかは確定することができないから、右電話が、本件ビラに「(事務所(連絡先)確定迄は病院内、歯科・和田まで)ぜひ加入を」と記載され、「相模原南病院労働組合(住所、TELは病院と同じです)」と記載されたことにより、掛けられてきたものとまでは認めることができない。
(四) 以上のとおり、原告和田が本件ビラに右のような記載をしたことをもって就業規則二四条一項三号、五号に該当する事由があるものということはできない。
4 原告福永、原告井草及び原告福菅について
(一) 右三原告らは、原告福永及び原告井草はそれぞれ医療事務職員として、原告福菅は、薬局助手として雇用されたものであるから、本件各配転命令は、被告と右原告らとの間の雇用契約の内容を一方的に変更するものであると主張する。そこで、被告と右原告らとの間の雇用契約、特に合意された業務内容について検討する。
(1) (証拠略)によると、相模原南病院は、一般老人患者を入院させて治療、看護、介護することをその営業の主力とするいわゆる老人病院(八病棟、三八六床)であり、その従業員の業務は医師、看護婦、薬剤師等の資格を要するもの及び警備、運転、清掃、検査業務等の外部に委託されているものを除いても、ナースヘルパー、ケースワーカー、薬局助手、役員秘書、事務(医療、経務、人事、経理)、喫茶、調理等多岐にわたっているが、これらの従業員の人事考課は能力、実績及び適性を的確に評価するために行われ(就業規則五条)、基本給の定めは職種別に定められているわけではなく、新しく採用された従業員の初任給は年齢、学歴、経験、技能及び現在在籍している従業員との均等を勘案してその都度決定されるものとされており(就業規則四四条、給与規定五条、一〇条)、職種は考慮の外とされていること、就業規則上も、職員に対しては、業務の必要により、職種、職場又は勤務地の変更を伴う異動を命ずることがあり、職員は正当な理由なくして異動を拒むことはできないと定められていること、被告は、必要の都度新聞折り込みの求人情報紙に必要な職種を明示して求人をしていることが認められる。
(2) ところで、原告福永及び原告井草が医療事務職員として、原告福菅が薬局助手として採用されたことは前記認定のとおりであるが、右(1)の認定の事実を考慮すると、求人情報紙に記載する募集の職種の表示は、あくまでも採用時における担当業務の内容を示すものにすぎず、したがって、また、右原告らの採用の際の事情を考慮してもなお、右原告らと被告との間の労働契約が右原告らの職種がその主張のように医療事務職員ないし薬局助手と限定されていたものとは、たやすく認め難い。
(二)(1) しかしながら、医療事務職員及び薬局助手は、いずれも主として事務的作業を職務内容とするのに対して、ナースヘルパーの仕事は、看護婦の補助をしながらの食事介助、排泄物の処理、入れ歯の掃除、爪切りなど、入院患者が日常生活していく上での介護であって(<証拠略>)、身体に不自由がある患者を直接の相手方とする労務的作業を職務内容とする点で医療事務ないし薬局助手の職務とは、根本的に異なるというべきである。
被告においては、平成六年一二月一日以前にも異職種間で配転がなされておらず、同日付けの人事異動でも、約八〇名を対象としたものであるところ、原告福永、原告井草及び原告福菅以外に異職種間で配転になった従業員がいなかったことも認められる(<証拠略>)のであって、右原告らの異動については、いささか奇異の感を拭えない。
(2) 被告は、定額制の移行によりナースヘルパーの人員を拡充する必要があり、かつその周知徹底を被告の従業員の間で図っていたと主張する。
確かに、従前被告ではナースヘルパーの人員が少なく、患者一人当たりのナースヘルパー数の率が低かったところ、定額制を導入すると相模原南病院のようないわゆる老人病院に関しては、従前の家政婦による付添看護からナースヘルパーによる介護に重きが置かれ、診療報酬による収入から看護及び介護による収入に移行するため、看護婦やナースヘルパーを増員する必要があり、とりわけ資格が不要のナースヘルパーについてはその大幅な増員が予定されていたが、被告の経営状態からすれば内部の配転によってナースヘルパーを増員するのが経営上は望ましかったという事情も認められないではない。また、定額制の導入に際しては、被告側の石川らから朝礼等において、また主任会議を通して、被告の従前の看護体制から大幅な変革をすることが必要である旨及び定額制の導入のための変革が人事異動も含めなされることについて従業員への説明がされていたことも認められるところである。(<証拠略>)
しかし、まず被告は必ずしも定額制の導入を強制されていたわけではなく、しかも看護婦・ナースヘルパーの増員は定額制の導入の一事のみによって必要となるものでもないし、逆に定額制を導入すれば、介護のための人的・物的設備を充実させる反面介護費用による増収も期待できるものであり、定額制の導入は、被告の経営戦略として選択されたものである。また、平成六年一〇月四日の段階ではナースヘルパーの人員は充足していた旨本荘が述べている(<証拠略>)こと、総婦長である真壁愛子も同年一〇月から一一月にかけてナースヘルパーの応募の電話は断ってほしいと、電話交換をしていた医事課にも述べていた(<証拠略>)ことの各事実が認められることからすれば、定額制の導入まで若干余裕のあった平成六年一一月三〇日の段階においては、ナースヘルパーの人員が大きく不足している切迫した状態であったとは認められない。(<証拠略>)
(3) 配転の決定に参画した中山は、地労委の審問期日において、相談室内の五名の従業員のうち、一名が男性であること、四名の女性のうち一名は実務全体を取り仕切っていることを理由として合計二名が配転の対象からまず除かれ、残り三名のうち原告福菅(ママ)が最も生活体験が豊富であったことから同原告が選定され、また、歯科の従業員が既に一名減っていたため、歯科の従業員からの配転ができず、その影響で、相談室からもう一人の従業員を配転させることとして原告井草が選定されたと供述する(<証拠略>)。
しかし、まず相談室からの従業員の配転の必要があったかどうかについては、中山の供述によっても必ずしも明らかではないし、事務職である相談室の五名の従業員中二名の従業員を労務職であるナースヘルパーへの配転の対象として選定することを積極的に必要とする事情も特別認められないから、原告福永及び原告井草の配転について合理的な理由があるとは言い難い。とりわけ、原告井草に関しては、相談室で勤務しながら組合に非加入の村川も原告井草と条件がほとんど変わらなかったというのであって(<証拠略>)、村川ではなく、原告井草を選定する合理性も見い出し難い。また、薬局の事務職員(薬剤師以外の従業員)は三名しかおらず、しかもうち一名はパートタイマーで安定した勤務が望めなかったという事情が認められる上に、薬局長の佐藤も薬局の事務職員からナースヘルパーへの配転者を選定することについて消極的姿勢を示していたことが認められる(<証拠略>)から、原告福菅の配転についても、その合理性を肯認することは困難である。
(三) そして、原告福永、原告井草及び原告福菅の三名に対して被告から平成六年一一月三〇日以前に異動の打診をしたこともなかったことが認められ(<証拠略>)、右原告らが平成六年一一月三〇日に翌日の異動を告げられたというのは、突然のものであり、配転の命令についてその真意や理由をただしたいと考えるのもまことにもっともなことであるといえるのである。しかるところ、右原告らからの説明の求めや問い合わせに対し、被告が配転の理由について明確な説明をしていないことは前記認定のとおりである。
(四) 右に述べた事情を総合すると、被告は、原告福永、原告井草及び原告福菅に対し、労務指揮権に基づいて、現に従事している業務の担当から、異なる業務の担当への、異なる職種間の配転を命ずることができ、右原告らもこれに応ずべき義務があるというべきであるが、少なくとも事務的作業を職務内容とする職種から労務的作業を職務内容とする職種への配置換えを命ずるには、客観的にみてそのような職種の範囲を超えて配置換えを命ずる必要性と合理性が存し、かつ、その点についての十分な説明をするのでなければ、一方的に労働契約の内容を変更するものというべきであって、前記就業規則の定めにもかかわらず、これをなしえないものというべきである。したがって、上来認定の事実関係の下において、右原告らには就業規則一四条第二文所定の異動を拒むべき正当な理由があったものということができ、右原告らが被告の配転の命令を拒否したことをもって就業規則二四条一項三号、五号に該当する事由があるということはできない。
5 以上のとおり、原告らの解雇事由に関する被告の主張にはいずれも理由がないから、本件各解雇は、いずれも無効である。したがって、争点二及び三について判断するまでもなく、原告らが被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める各請求は理由がある。
ところで、原告大島、原告今市については平成六年一〇月一六日から同年一一月一五日までの期間の賃金(同年一一月二五日を支払期日とするもの)のうち、原告和田、原告福永、原告井草、原告福菅については同年一一月一六日から同年一二月一五日までの賃金(同年一二月二五日を支払期日とするもの)のうち、それぞれ別紙債権目録一の金員が支払われていないこと及び原告らの解雇直前の一か月当たりの平均賃金が同目録二の金員であることは、いずれも前記第二の一の5のとおりである。
よって、原告大島、原告今市の、平成六年一〇月一六日から同年一一月一五日までの期間未(ママ)払賃金として同目録一の金員を、また同年一一月一六日以降の賃金として同年一二月から毎月二五日限り同目録二の金員の支払をそれぞれ求める各請求はいずれも理由がある。また、原告和田、原告福永、原告井草及び原告福菅の、平成六年一一月一六日から同年一二月一五日までの期間の未払賃金として同目録一の金員を、また同年一二月一六日以降の賃金として平成七年一月から毎月二五日限り同目録二の金員の支払を求める各請求はいずれも理由がある。
三 争点四について
1 前記第二の一の事実に(証拠略)を併せると、以下の事実が認められる。
(一) 組合は、平成六年九月二四日に結成されたが、その際被告に対し結成の通知をするとともに、一時金交渉の申し入れをした。
(二) 平成六年度年末の一時金の支給の交渉については、平成六年一一月一九日、同月二四日、同月二九日、同月三〇日及び同年一二月八日に組合から被告に対して団体交渉の申し入れがされたが、被告は、組合が被告の対応を批判するビラを配るなどの組合活動をとっていることに不信感を抱いていたこと、組合側の出席要求人数が県医労連の役員を含む一一名と多数であったことなどから、団交応諾に難色を示し、交渉の機会は持たれなかった。一方、被告は、同年一一月一九日に職員組合との間で一時金の支給に関して、支給額を基本給の二か月分とする(ただし、全額人事考課査定とする。)との協定が締結されたため、同年一二月一〇日、協定未締結の組合の組合員を除く全従業員に対して、年末一時金を支給した。
(三) 県医労連及び組合は、連名で、平成六年一二月一三日、地労委に同年度年末一時金の支給のあっせんを申請した。地労委は、同月二七日にあっせん手続を行った。この席上、被告からは過去の支給条件が提示され、その資料として、原告らの姓をイニシャルで指摘して各人に対する支給実績を明示し、「過去の支給実績は平均二か月で無資格者は一・六か月で有資格者は二・二か月である。」「これに準ずるか今年はもう少し査定が厳しいかもしれない。」と述べた。
(四) 更に、平成七年一月一一日及び同月二七日にも地労委のあっせん手続が行われた。同月二七日のあっせん手続では、被告から、右に明らかにされた支給実績について訂正がされた上、被告と職員組合とが締結した協定の内容と同じ支給条件である、次の支給条件が示された。
支給額は基本給の二か月分とする。但し全額人事考課査定とする。
支給対象期間は平成六年一月から一二月の一年間とする。
支給対象者は、本採用後一年を経過した者で、かつ、平成六年一二月一〇日現在の在職者とする。ただし、本採用後一年未満の者については、月割計算で支給するものとする。
組合は、提示された右支給条件のうち全額人事考課査定とするとの部分について反発したが、あっせん委員から出されたあっせん案も被告の提案どおりのものであったため、両者は右の提示で最終的に合意に至った。しかし、協定書の調印には至らなかった。
(五) その後、被告は団体交渉に応じようとしなかったため、組合は、平成七年二月三日、同月一六日、同年三月七日、同年四月一一日、同月二五日、同年五月一六日に交渉の申し入れをした。更に、組合は、平成七年度夏季一時金の交渉と併せ、平成七年六月一五日、同月二三日、同月二九日、同年七月四日にも交渉の申し入れをした。
(六) そして、平成七年七月八日に、被告と組合との交渉が再開され、平成六年度年末一時金及び平成七年度夏季一時金の支給についての交渉が行われた。そして、平成六年度年末一時金については平成七年一月二七日の口頭での合意を確認する形で協定書に調印することとされ、また、平成七年度夏季一時金についてもそれに準ずるものとして取り扱うものとされた。
その結果、被告と組合は、平成七年七月八日、同年度の夏季の一時金の支給について、前記第二の一の6の(一)の七年度協定を締結した。
(七) また、被告と県医労連及び組合は、平成七年七月一四日、地労委榎本委員を立会人として、平成六年度年末一時金の支給について第二の一の6の(二)の六年度協定を締結した。
右協定の締結に際して、被告側として出席していた中山は、原告らは解雇された者であり、支給日の在職者とはいえないため一時金の支給対象とはならない旨述べた。
(八) なお、原告和田に関しては、解雇に至るまで、被告から以下の一時金(但し、雇用保険、社会保険、所得税等の徴収による控除前の額)の支給を受けていたことが認められる(<証拠略>)。
平成三年度年末 五二万七四六〇円
平成四年度夏季 二一万〇九八四円
平成四年度年末 四四万八三五〇円
平成五年度夏季 一七万九三四〇円
平成五年度年末 四五万七三二五円
平成六年度夏季 一八万二九三〇円
2 ところで、被告の賞与規定は、前記第二の一の4のとおり、業績に応じて支給することがあると定めているにすぎず、労働者の確定的な権利として一時金の請求権がある旨の規定を欠いており、しかも、支給する場合は全額人事考課査定とされており、極めて抽象的な規定にとどまっている。右のほか、支給を保障する定めは就業規則、賞与規定上も見当たらない。原告らは、被告は開院以来の慣行として夏季一時金として給与の額の一か月分、年末の一時金として二か月分を支給することになっていると主張するが、賞与規定上の定めは右認定のとおりであるし、原告和田に対する支給実績も右認定のとおり一定していないのであって、これらの認定事実からすると、全従業員に夏季一時金として一か月分、年末の一時金として二か月分を支給するとの慣行があるともその実績があるとも認めることはできない。
しかして、一時金を支給する場合の具体的支給額については、その都度被告とその従業員らとの交渉に委ねられており、実際にも、六年度協定及び七年度協定においても全額人事考課査定とすることが明示されていること、支給日の決定についてもその都度の交渉に委ねられていること、原告和田について過去の支給実績をみても必ずしも固定した額が支払われてはいないことが認められるのであって、これらの事情を考慮すると、被告の従業員に支給される一時金は、就業規則、給与規定等により支給条件が明確に定められ、労務を提供すればその対価として具体的な請求権が発生する賃金とは性格を異にするものであり、従業員と被告との間において金額及び算出基準等の支給について具体的な合意と被告の査定の意思表示がない限り、具体的な請求権として発生するものではないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原告らは組合の組合員であるところ、被告と組合との間において、六年度協定及び七年度協定が締結されたことは前記認定のとおりであるところ、右各協定締結時において被告により解雇されていた原告らについて、これを支給対象者に含めるか否かについては、右各協定上に明文の定めはなされていないし、協定締結の際に原告らを支給対象者に含めるか、あるいは支給対象者から除外するとかの合意がなされたことを認めるに足りる証拠はない。なお、各協定締結の際に、中山が原告らを支給対象者としないと述べたことは認められるものの、それが右各協定の合意内容とまでなったことについては、(証拠略)をもってはこれを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、(証拠略)によると、被告が交渉の席において、原告らをイニシャルで挙げた上でその一時金の支給実績を述べたことが認められるが、これは、原告らを引き合いに出して過去の支給実績を説明したにすぎないと解すべきであるから、この事実をもって原告らを支給対象者とする旨の意思が表示されたものと認めることはできない。そうすると、原告らが六年度協定及び七年度協定において、各一時金の支給対象者とされていたか否かは、原告らが右協定において支給対象者とされた「賞与支給日在籍者」(七年度協定)、「平成六年一二月一〇日現在の在職者」(六年度協定)に該当するか否かの解釈にかかることになる。しかして、原告らに対する本件各解雇はいずれも無効であるから、法律上原告らと被告との間の各労働契約は有効に存続しているものというべく、七年度協定における「賞与支給日における在籍者」、六年度協定にいう「平成六年一二月一〇日現在の在職者」に当たると解するのが相当である。
しかしながら、被告の賞与規定において、賞与を支給する場合は全額人事考課査定とすると定められており、七年度協定及び六年度協定においても全額人事考課査定とすることが合意されていることは、いずれも前記のとおりであるから、平成六年度年末及び平成七年度夏季の一時金については、被告の裁量による個別的な意思表示をもって初めてその請求権が発生するものというべきである。そして、本件において取り調べた証拠関係を総合しても、被告が原告らにかかる右各一時金について査定の意思表示をしたことを認めることはできない(<証拠略>には、平成七年一月二七日のあっせん手続において、人事考課査定の下(ママ)限を支給額の一割までとすることの合意があったとの記載があるが、右記載は前記認定事実及びその認定に供した証拠関係に照らしてそのとおりに採用することはできない。)。
3 したがって、原告らの本訴請求に係る各一時金については、その請求権はないから、その支払を求める右各請求はいずれも理由がない。
第四結論
以上によれば、原告らの各請求のうち、原告らが被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める請求並びに原告大島、原告今市が平成六年一〇月一六日から同年一一月一五日までの期間の未払賃金として別紙債権目録一の金員及び同年一一月一六日以降の賃金として同年一二月から毎月二五日限り同目録二の金員の支払いを求める請求、原告和田、原告福永、原告井草及び原告福菅が平成六年一一月一六日から同年一二月一五日までの期間の未払賃金として同目録一の金員及び同年一二月一六日以降の賃金として平成七年一月から毎月二五日限り同目録二の金員の支払を求める請求については理由があるから、いずれもこれを認容し、その余の請求については理由がないからいずれもこれを棄却することし(ママ)て、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡邉等 裁判官 森髙重久 裁判官 島戸純)
<別紙> 債権目録
<省略>
【更正決定】
原告 大島照子
同 今市一雄
同 和田房枝
同 福永克子
同 井草智子
同 福菅節子
被告 医療法人直源会
右代表者理事長 久米睦夫
右当事者間の頭書各事件について、当裁判所が平成一〇年一月二七日言い渡した判決に誤記に類する明白な誤りがあるので、職権により次のとおり更正する。
主文
右判決の主文中、
「六 この判決は、金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。
七 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。」
とあるのを、
「六 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。
七 この判決は、金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。」
に改める。
平成一〇年一月二七日
横浜地方裁判所第七民事部
裁判長裁判官 渡邉等
裁判官 森髙重久
裁判官 島戸純